吹かれて葺かれて、わたしは葦

方法的非方法。徒然なるままに。

逃げるな、振り返るな、焦るな

雑誌を見るのが、新聞を見るのが、こわい。

特に自分にとって大切なテーマが扱われていたりすると、鼓動が速くなるのも、耳の裏がピリッとするのも、交感神経。

人は変わるもの、でも人が変わるのよりもずっと速い速度でモノが変わっていく。自分が変わりきれないままに、変化の激流に身を曝しているよう。老いの始まりかもしれない。自分の遅れを自覚、そこに恐怖をまた自覚。チンタラしている自己を見せつけられるからか。逃亡中の己と辻で会う気分さ。

尖端に対する恐れがあるのか。

わたしは極端に陥ることが多い、それが好き。
だから、尖端にいるならその一番鋭い一点を目指す、そうでないなら針を数珠つなぎに紐に通している、どちらかでいたい。これもまた逃避だと思う。
わたしが表現者であるならば、この逃避に身を任せず、恐怖を、葛藤を受け入れ、受け入れきれない部分で肋骨を劈く、ひらくことが先決必至。

ああ、歌え、捏ねろ。
脳髄を浸せ、ええてる。
さあ、町へ出ろ。必要なものを、買え。つくれっていってる。